エピソード1・カウントダウン

初出:
2000-02-08

もしも、某映画のノベライズ担当作家が、締め切りを過ぎても書けないでいたら……。

※ノベライズ:→先にでき上がっている映画や漫画を原作として書かれた小説。
#括弧で括ってある単語はルビ(ふりがな)として読んで下さい。

……むかし、昔……

 その惑星の総質量が誤差の範囲を超えて増加してから半回転ほど自転し空が明るくなった頃、緑に輝く草原に幾何学的に配置された茶色い林が出現していた。

 一見針葉樹の苗木から葉をなくしたように見えた“それ”は、よく見ると木の丸棒を加工して作ったような人形(ひとがた)をなしている。

 “それ”はこの惑星を制圧するために昨夜衛星軌道上からドロップ・シップ(揚陸艦)で降下した、のべ十万体にもおよぶバトル・ドロイド軍団であった。

 バトル・ドロイド ―― それはより恐怖心を煽るためヒトより少しだけ大きく作られ、各個にAI(人工知性)を搭載し個別に判断しつつ、その名の通り蜂のごとく全体がひとつの群体として活動できる、高度な機械知性体。

 死の恐怖も、良心の呵責も、慈悲の心も持たず、『敵を殲滅せよ』という命令のみをただひたすら遂行するバーサーカー(狂戦士)は、衛生兵も慰安所も給料も棺桶も、謀反の心配さえも無用な理想の兵隊だった。

「対称形は美しい……」

 すでに整列し微動だにしないバトル・ドロイド軍団を、着陸した揚陸艦のデッキから眼下に睥睨する司令官はつぶやいた。

 これから自分が発するたったひと言の命令によって十万の兵がたちどころにこの惑星を制圧するかと思うと、司令官は現在の地位に昇りつめるために要した、けして短くはない過去の人生の中で行ってきた数々の裏切り、粛正、弾圧の日々を振り返り、また芸術家志望だった若かりし頃の知識を反芻し、低く哄笑するのであった。

「閣下、お時間で御座います。攻撃命令を……」

 すでに制圧作戦発動時刻を過ぎていたので、脇から副官が発令の催促をした。

 この副官は一見ヒトに見えるが、実は見かけこそ高級なものの機能は通訳とヴォイスメモ程度しかできない汎用ドロイドにすぎない。

 猜疑心が強く、他人をけして信じることができない小心な司令官としては当然の処置だろう。

 自分のひと言によって今から最高のショーが始まるかと思うと、司令官はふいに背中から湧き上がってくる別の衝動を感じていた。

 副官ドロイドが二回目の催促をする寸前、ふいに司令官は顔を輝かせ、マイクの【一斉】スイッチを入れると、おごそかに、しかし力強く命令を下した。

「番号っ!!」

 増幅された司令官の号令が草原に響き渡る。

 正確に一秒の待ち時間のあと、右端のバトル・ドロイドから順に無機質な合成音声がドミノ倒しのごとく規則的に疾った。

「一」
「二」
「三」
「四」
「五」
「六」
「七」
「八」
「九」
「一〇」
「一一」
「一二」


 ……小説を書いていてどうしても所定の枚数が埋まらないときは、兵隊を出して号令を掛ければ良いというアイデアを発表したのは、どこの国の作家だったろう?

 {
整数nをカギ括弧で括り画面に表示して、改行する。
整数nは1から始まり100,000になったら終了し。なるまで繰り返す。
整数nは漢数字を用いる。
  }

 という自動実行マクロ『行数稼ぎ一号』をスタートさせ、バトル・ドロイド同様の号令が画面上に一斉に並び始めたのを確認して、男はキーボードの前から離れて旅支度を始めた。

 とはいえ持っていくものなどほとんどない。

 部屋を出たあとは、送信バイト数のみ帳尻の合うこのダミー原稿をタイマーで遅延送信すればコトは済むのだが、もしイスラエルの諜報組織(モサド)からお呼びがかかりそうな程ハナが利くあの超優秀な女編集者の追跡を振り切ることができたら、今度こそゴーストライターなどというやくざな商売から足を洗ってまっとうな職に就こうと、男は今までに数え切れない程繰り返した願いをあらためて誓うのだった。

 自動送信した時点でこの場所も割れるだろうが、とりあえず玄関と三和土(たたき)、ドアノブに気絶させる罠(スタン・トラップ)を仕掛けておけば、少しくらいの時間稼ぎにはなるだろう。

「フォースのご加護のあらんことを!」

 画面に実行終了までの予想時間がカウントダウンしていくのを横目に見ながら、男は初めて劇中人物のセリフを唱えてドアに向かった。


初出:99/07/19
nifty:SSHOIN/MES/12/#1915


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