タイアップ小説『エコロな奥さん』

初出:
2000-02-13

 (株)シァープ製のインテリジェント・家庭用生ゴミ堆肥化コンポスト、通称“簡単アイコン”の内部監視用5インチ液晶モニターディスプレイを覗くと、先程投入した骨付き肉の残りに微生物代わりのナノマシンを搭載したiワームが、音もなく生き物のように取りつき、まるで高速度撮影映像のようなスピードでまたたく間に肉を解かし、骨を分解していく様がよく解る。

「まるで実行中のデフラグみたいね」

 Windowsユーザーにしか解らないことを言ってから、iman今のこの家の中にはわたししかいなかったことを思い出す。

 かねてからけして少なくはなかった生ゴミを排出していた我が家に簡単アイコンポストがやってきたのは、先月のことだった。

 処分場が逼迫した市役所は、市内の二人以上の家族がいる家庭すべてに、タダみたいな料金で簡単アイコンポストの長期(or半永久的)貸出しを始めたのだった。

 それまでのコンポストといえば、業務用バケツを逆さにしてフタを付けたような、大きくて場所ふたぎなプラスチック製のただの桶でしかなかったので、エコロジーに関心があっても設置する庭のない家には置けなかったのだが、(株)シァープと(財)ナノマシン研究所との共同開発によって、微生物の代わりに分解酵素を操るワームマシンを搭載した、台所の隅にも設置できるほど小型でインテリジェントなコンポストが完成し、自治体が大規模な導入・配布を始めてからゴミ事情は一変した。

 ゴミ集積所からはニオイが消え、カラスの姿を見かけなくなった。

 ゴミが減って街はキレイになったのだ。

 そしてヒトの意識も変わっていったのかもしれない。

 飼ってたインコが死んでしまったとき、わたしはためらうことなく簡単アイコンポストに放り込んだ。

 おそらくこれが猫や犬であっても、きっと同じことをしただろう。

 かつてはベランダで死んでいたツバメを花壇の空き領域に埋めて、お墓まで作ったこともあったのに、心が乾いてしまったのだろうか。

 そのせいだろうか、夫との仲もしばらく前から潤いがなくなってきた。

 会社をリストラされて以来、なんのかんのと理由をつけては職安にも行かず、働くことをやめて一日中家に居て勝手なことを言っている。

 本人にも言い分はあるのだろうが、わたしから見ればチンチンとモッテコイしか芸のない飼われ犬が、用なしになって飼い主から捨てられたということをいつまでも理解できないでいるだけなのだが。

 かわいそうな夫。

 でもそんな夫はもう夫の姿をしているだけの“ゴミ”でしかなかったから、先週とうとう寝ていた夫の首を絞めて、ラクにしてあげたのだった。

 意識のないヒトの身体はものすごく重かったが、すぐトイレに運んで入念に血抜きさえしてまえば、あとは簡単だった。

 死後硬直が始まる前に小さく腑分けして冷凍庫で凍らせたから、ニオイはほとんど出なかった。

 あとは少しずつ簡単アイコンポストに放り込めば、またたく間に処理して土に環してくれる。

 さっき放り込んだのが最後の塊だったから、夫はもうこの家のどこにもいないはずなのに、つい居るときみたいに話しかけてしまうのは長年の習慣なのだろう。

 着替えて外に出ると、死んでいるらしいハトを抱えて走っていく小さい子供をみかけた。

 家に持って帰るのだろうか?

 きっとコンポストで死体を分解することが面白くなってしまったのだろう。

 そういえば団地の中にいたノラ猫の数も最近少なくなった。

 猫ばかりでなく、突然家族の誰かが失踪した家庭がここひと月の間に急に増えたみたいだ。

 それでも良いのかもしれない。街は確かにキレイになったのだから――。


初出:99/07/19
nifty:SSHOIN/mes/12/#1940


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