贋作『いとしの未来ちゃん』 #12「ミクロの決死圏」

初出:
2000-02-23

 先生! そんな、わざとらしくあくびなんてなさらないで下さいよ。眠い訳がないでしょ。

 先生の身体ンの中には我が社の医療班が開発した“睡眠中枢の働きを抑制して眠くならないナノマシン”が投入されてるんですから、あくびなんて出る筈がないんです。

 投入後72時間は眠る必要なんてないんですから、そんなことやってないで早く原稿あげて下さいよ! 明日の朝イチで印刷所につっこまきゃ間に合わないんですから!

 あぁもう、タバコなんてムリに吸わなくてもいいんですって。気分転換なら“脳内酸素供給量を定期的に増大させるナノマシン”がやってくれます。

 目薬も! “眼球筋肉内の血行と表面の涙液を増大させるナノマシン”がいつもより余計に廻ってますから、目だって疲れませんよ。

 ぁ奥さん、どうぞお構いなく。私も先生もお茶はなくて平気ですから。じゃ、ここでいただきます。すいません、中へはちょっと。

 え?私にこうやって急かされると気が散って書けない?

 気・が・散・って・か・け・な・い?

 そ・ん・な・こ・と・言ってられる事態はとっくに過ぎてるんですよ……。ホラ時計。今が何時だと思っ・て・らっ・しゃ・る・ん・で・す?

 解っりました。私もこれだけは使いたくなかったんですが……、“α波+エンドルフィンを増加させて集中力と想像力を飛躍的に高める文筆業務用スペシャルナノマシン”を投入させていただきます。

 コラッ、暴れないでったら。

 おとなしくしなさい。……よし入った。投入装置が座薬型ってのが欠点なんだよな……。

 これでもう原稿があがるまでの間先生の耳に雑音は届かないし、下半身の感覚も切り離しましたから、執筆が終わるまではもうどこへも行けませんよ。リラックスして集中できたところで朝までになんとしても原稿をお願いしますよ、先生。

 先生!! ォ−ィ馬鹿……よし大丈夫だな。外部の音はいっさい聞こえてないと。

 なに、ちゃんと心臓も血行もモニタしてますから、死なせやしませんよ。ウチの原稿あげていただくまでは。

 ウチのナノマシンは超優秀ですから。あはははははは。

 これでよしと。

 まったく、筆がトロいんだからな、コイツは。“誰にでも面白い原稿を書けるようにシナプス間の脳電流を制御するナノマシン”が完成さえしてくれれば、いつまでもこんなグズの面倒みてなくて済むんだけどな…。ハァーあ。オレ何日寝てないんだったか……。

 むっ?

 げっ!

 む胸が……。くっ苦し……。

 心臓が……助けて。

 ちょっと……。

 先せ…

 アーラ、このひとったら未承認のナノマシン投入してるわよ。

 どっかの試作品かしら? 最近多いのよね。この手のモグリの超強力型ナノマシン使っちゃって限界超えちゃうひとって。

 ね、解った? ナノマシンが眠気覚ましとかスタミナドリンク剤の代わりに使われるようになって、何日も眠らないで仕事ができるようになったもんだから、みんな前よりも働かされるようになっちゃって、結局過労死にするひとがいっぱい出ちゃったの。だからナノマシンて今はもうないのよ。

 ……なんだ、眠っちゃってたの……。あたしも寝ようっと。−パチンッ−

(暗転)

 ― ナノマシン ―

 ――免疫機能や薬に頼ることなく体内に侵入した外敵を駆除するため、患者の体内で医療活動を行うナノサイズ(10^-9)の超小型医療機械の開発が進められている。――

(E.D) ♪〜フュ〜〜チャ〜 メ〜〜モリ〜〜〜♪


cast
編集者:イッセー尾形
作家:大竹まこと
作家の妻:カワイ麻弓
監察医:オナペッツ

初出:97/08/25 『アンドロメディアPATIO』

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