番外編・フェアリイ星の『プロジェクトX』 >
――あの二人は一体何をやっているのだ?
地球に侵入したジャムを撃墜後、雪風の燃料補給のためやむなく日本海軍空母・アドミラル56に着艦し、後始末のため艦長室に出頭したブッカー少佐は艦載機をジャムに撃墜された艦長から愚痴と恨み言を延々と聞かされ、やっと解放されて飛行甲板に通じる鋼鉄のドアを開けた途端、目の前の光景に呆然とした。
雪風のキャノピーを細めに開き、サバイバルガンを抱えたままコクピットから身を乗り出し、甲板を見下ろして何事かを怒鳴っている深井零中尉。そして強風の吹きすさぶ甲板の上で両足を踏ん張り、そのコクピット位置の高さから三階建てと呼ばれたスーパーシルフ=旧雪風ほどではないにしても相当高い位置にある雪風のコクピットに向けて、大声で怒鳴り返しているジャーナリスト、リン・ジャクスン。
いや本人がそう自称しただけで、あの中年女が本当にリン・ジャクスンかどうかは怪しいものだとブッカー少佐は思っていた。さっきはさもFAF事情に詳しいかのようにメイヴ=雪風のスペックをそらんじてみせたが、実はそのときメイヴの型式番号を間違えていたことを聞き逃さなかった。
しかし怒鳴りあっているといっても別段二人は喧嘩をしている訳ではなく、 甲板上を吹き抜ける風が強すぎて穏やかな手段でのコミュニケーションが困難なだけなのだろう。もっと静かな環境でなら、それなりに良い雰囲気になったのかもしれない。
甲板上で大声を張り上げながら、リン・ジャクスンは己のその中途半端に短い髪を呪っていた。もっと長ければ後ろで結わえることもできたろうし、短ければそもそも髪が風に翻弄されることもなかったろう。風向きに合わせてときどき自分の立ち位置を変えながら、はるか頭上のメイヴ=雪風のコクピットに向けて何とか会話を続けようとしたが、そのたびに風に煽られた髪の先が口の中に飛び込んでくる。唾と共にいまいましげに吐き出す。インターカムさえあれば機体のジャックに挿して普通に会話ができるものを、雪風に燃料補給をしているデッキクルーたちはときおり薄笑いを浮かべながら生暖かい視線を送るだけで、手を貸そうとはしなかった。
リン・ジャクスンと名乗るこの女の表情はある種の犬を連想させると、キャノピーの隙間から強風の中に顔を突き出して何度も「パードン?」と怒鳴りながら、深井零中尉は自分がなぜそう思ったのか、会話を続けながらその理由を考えていた。
雪風に燃料を補給していたデッキクルーが“補給完了”のサインを出すのを確認すると、ブッカー少佐は雪風に向けて歩き出した。リン・ジャクスンが本物かどうかはもはやどうでも良かった。いずれにせよ零と自分の間に割って入る者はすべて敵だ。地球大気圏内のエンジンテストも良好だったし、チャージも済んだ以上もはや地球に長居する理由はなかった。
必ず帰る。最愛の零と。
ブッカー少佐のこぶしに力が入る。
……冒頭のヒノマルイングリッシュは聞かなかったことにするとしても、外洋を航海中の空母の甲板に吹く風がOVA画面のようにおとなしいとは思いたくないし、雪風しか信頼していないハズの深井零中尉が異国の軍艦の上でヘルメットを脱いで丸腰になり、甲板に降りて素性の解らない女と語らうものでしょうか?
ウソでもいいから風はもっと吹きすさんでいてほしいし、深井零中尉はけしてコクピットから降りないでしょうから、リン・ジャクスンとは会話するつもりになっても怒鳴り合いにしかならないのではないでしょうか? もっとも風が強い=コミュニケートできないほど風がうるさい、とは限らないのですが、そこここにヒレだかフィンだかが生えているメイヴのことですから、風切音もそれなりに強いということで。
それにしてもブッカー少佐、『俺の田舎にこないか?』なんて、それは深井零中尉に対するプロポーズと見て良いのだな?
「何かご質問は……ぁ私と一緒にいた白衣の女性ですか? ……実はあれも患者なのです。彼女は早い時分から精神科医を志していましたが、それを達成するだけの学資にも能力にも恵まれていませんでした。そこで勉強しながら学資を稼ぐために実入りの良い性風俗産業で働くようになりました。なんというか……よりにもよってイメクラの『女医と患者コース』だそうです。女医がクライアントをカウセリング中に……という、いかにもなヤツ。勿論そんな仕事をいくら続けたところで本物の精神科医にはなれる訳がありません。仕事を続けるうちに学業に対する熱意は失われていきましたが、逆に彼女は自分がすでに精神科医になっていると思い込むようになっていました。そうでなければ自分が保てなかったのでしょう。自分を騙しつづけるためにやがて経歴を偽って本物の精神科の開業医のところにもぐりこみますが、間の悪いことに彼女の最初のクライアントは、風俗嬢時代の彼女に消しがたいトラウマを植え付けた客のひとりだったのです。クライアントは気づきませんでしたが、彼女の方は気づきました。……通報されて駆けつけた警官がみたのは、すでに虫の息になったクライアントと、こぶしの骨が砕けてもまだ殴りつづけようとしている彼女でした。……ここに収容されてからも、『精神科医になりたかった自分とイメクラ嬢の自分』の棲み別けが曖昧になり、それであのような妙に風通しのいい扇情的な白衣を着て、医者になったつもりで私のあとをくっついてまわるようになりました。実害はないし、他の患者からも慕われているようなので、そのままにしてあります……」
トマホーク・ジョン編も書いてみたのですが、長くなるだけだったので割愛。
OVA本編に関しては……、バンシー内にあのドロドロのプラントを外部からいつ、どうやって運び込んだのか? とか、大尉なのに深井中尉に敬語を使うトマホーク・ジョンはコピーされたときに人工心臓までもコピーされたのか? とか、雪風のジャムセンス・ジャマーのヴィジュアル以外スルーというか、特に見るべきものも語るべきものもなかったですね。
「許可など関係ない」
帽子をかぶった長髪の男はそう言い捨てて丸椅子から立ち上がると、いつものように部屋から出ていこうとしたので、向かいの肘掛け椅子に座っていた白衣の女は7センチのヒールを鳴らして、ドアと長髪の男の間に割って入った。
ドアの手前の白衣の女と長髪の男の目と目が合う。
次の瞬間長髪の男は白衣の女の襟に手をかけて、背中の中央まで白衣を一気に引きずり下ろした。丸まった白衣は拘束具となって女の両手の自由を奪い、背中側に強く引っ張られたため後ろに倒れそうになった白衣の女の片脚は、バランスを取ろうとして無意識のうちに宙に浮く。そのためスカートの腰までつづく深いスリットの間から、ストッキングをつけていない白衣の女の、形の良い脚が根元まで露になった。
長髪の男は更に身体を密着させ、白衣をつかんだままの腕を更に下げた。たまらず白衣の女が脚を更に高く上げると、宙に浮いた脚の下に長髪の男が身体を入れて肩に担ぎ、囁く。
「あんた、犯罪者でもないのになんだってわざわざこんな流刑地にきたんだ?」白衣の女は長髪の男を睨んだまま答えなかった。
長髪の男は別段気にする様子もなく、肩に担いだ白衣の女の脚を撫でながら脚の付け根まで手を滑らせる。
「おれたち罪人にこうして欲しかったからじゃないのか?」
白衣の女が目を閉じる。
「♪毎度ありがとうございます! こちらF・AFイメクラ『特殊専』でございます! マネージャーのブッカーがお客様からのご予約を承ります。……『カウンセラーと患者』コースのエディスちゃんをご希望ですか? ……申し訳ございません、エディスちゃんは二週間先まで予約がいっぱいでして……、あとは『艦長、ジャーナリストは中立です!』コースのリンちゃんですとか、『イトー君、ちょっとココに座りなさい』コースのリディアちゃんでしたらまだ予約が可能ですが……、ぁマーニーちゃんはまだ入院中です。この前噛まれたキズがまだふさがらなくて。あとは新人に『格納庫の中がいいの』コースのメラニーちゃんって娘がおりますが……そうですか、『特殊専』のまたのご利用を従業員一同お待ちしております! ありがとうごさいました!」
「どうみても風俗嬢だろ?」な見てくれなのはともかくとして、エディス大尉が出撃するシーンを見てOVA版『戦闘妖精雪風』に感じるイライラする原因が何なのか? やっとその一部に気がつきました。
原作とアニメは別物と言いつつも『椅子に座った二人がひたすら会話しているとかその手の動きのない時間だけかかる退屈なシーンはカットしますから、この部分は代わりに原作を読んで補完しておいて下さい』みたいな構成になっているからだったんですね。
つまり原作の地の文(セリフ以外の描写)を読んでいないと、特殊戦と称する戦闘機が何のために飛んでいるのか? とかが解らなくて、まるで知らない話題の会話を目の前でされているような不満を感じるし、読んだら読んだで「ああ、このシーンは原作のあの部分を表現しているつもりなんだろうけど、ヘタだね」みたいな不満を感じてしまいます。
これが少なくとも原作ナシでも物語が解るような構成になっていたら、遠慮なく切り離してそれなりに楽しめたのかもしれません。それなりに、ですが。
ただ二巻まで観た感じでは、今後物語をどこに持っていこうとしているのか? が疑問符だらけですね。
自己保存本能の活き造りみたいな特殊戦機が『他者を守る』などという自己犠牲的な行動を取るのは、理解に苦しむというより物語の根幹にかかわる破綻を感じます。
また劇中での無人機@システム軍団の振る舞いは、あたかも雪風を守るための下僕と化しているように感じましたが、もしそうならシステム軍団やFAFの戦闘知性体はすでに雪風に汚染されて支配下にあると考えるべきでしょう。
果たして三巻以降でどうなっていくのか、羽根飾りのないのが不思議な程インディアンの記号そのまんまなデザインのトマホーク大尉の姿を見るにつけ、不安は更に募ります。
「……彼女は、元は優秀な金融ディーラーだったのですが、あるとき些細なミスが原因で会社に損害を与えたために閑職に追いやられ、やがて精神に変調を来たしてここにきました。向かいの髭の男は、仕事で息子の死に目に立ち会えなかったことを悔やみつづけて発病しました。元々東洋文化に通じていたためか、隣の若い東洋人に息子の影を投影することで最近安定してきました。今では彼の気を引くためにいろいろと腐心しているようです。で、その若い男は効率の悪い機械や能力の低い者が嫌いだったのですが、実は自分の能力が自分の評価基準以下だったことに気がついてしまい、ついには博物館の蒸気機関車を爆破して逮捕されますが、精神鑑定を受けて責任能力がないということでここへ連れてこられました。今は自分を優秀な戦闘機パイロットだと思い込んでいるみたいで、庭の隅にあるドアのない廃車をユキカゼとかいう愛機に見立てています。勿論ボンネットにでかでかと東洋の文字を書いたのは、あの髭の男です。……さてジャクスンさん。一通り見ていただきましたが、如何でしたか? 我がフェアリイでは創設者の遺志を継いでこの地でもう三十年も開放病棟による治療を続け着々とその効果をあげているのです……」
すでに今更感に満ちたOVA版雪風ネタですが、戦闘機パイロットのクセに異様に前髪が長い主人公とか、上官である准将様に向かって『空いている戦闘機ならいくらもあるだろうが』なんて平気でタメグチを利く少佐とか、意味もなく上チチ放り出した服を着ている女性准将とか、メインキャラクター達が単に軍服を着ていないからというのではなく、職業上要求される能力とか要件を満たしていない人物たちが平気で軍人でいられる世界ってのは、アニメだからというよりも、実は自分達が優秀な軍人だと思い込んでいる“気の毒な人たち”がしているコスプレ劇ではないのか? みたいな妄想を拭いきれないでいます。
一巻でこれだと二巻以降はどうなるんでしょうね。すでに見なかったことにしたいですが。
#だからって『ジャムなんか初めからいなかったのに三十年の間毎日“明朝総攻撃の準備”を繰り返していた』なんてのもちょっと……。
そういえば『戦闘妖精・雪風』の舞台となった惑星フェアリイの自転周期(一日の長さ)や公転周期(一年の長さ)は果たしてどのくらいなのか?
続篇『グッドラック』でもあきらかになることはありませんでしたが、ブッカー少佐の「……約三ヶ月、今日で九十二日です、准将」
というセリフや、フェアリイ空軍の時計は地球のグリニッジ標準時に合わせてあった
という記述(2003-10-08追記)からすると、どうやらカレンダーや時計は地球のものをそのまま持ち込んだと考えてよさそうです。
こんなことを考えたのは、前作『戦闘妖精・雪風』が一応は春→夏→秋→冬と季節ごとのエピソードをピックアップした連作短篇という趣だったのに対し、続篇の『グッドラック』は方々で繰り返されるその長々とした会話を除けば、実はごく短期間の出来事だったということに今更ながら思い至ったからです。
で、試しに劇中の出来事だけを時間軸に沿って並べ直してみると、“雪風事件”が起きてから“FAFの一番長い日”までは160日足らず。そのうちの三ヶ月程は主人公が眠っていましたから、復活した深井零がFAFに再志願して大尉に復帰してから数え直すと、のべ40日に満たなかったのです。
これではローテーションから言って主人公といえどもそう何回も出撃できる訳もなく、実際深井零大尉が新しい機体を得た雪風で出撃したのは、ブッカー少佐と一回、エディス・フォス大尉と一回、桂木少尉と一回、最後にひとりでと、都合四回しかなかったのです。ちなみにその間に撃墜したのは江頭機とジャム二機の計三機。
ということは、尺が30分程度のOVAなら飛行シーンを各巻一回程度割り振れば都合が良い、という考え方も成り立ちそうです。
第一巻で雪風のタマシイを無人機のFRX99に転送した段階で原作と異なる道を辿るしかなくなった、積極的に見たくはないが目を離すこともできない鬼子となった、OVA版『戦闘妖精雪風』。果たして残りあと四巻でどこまでやらかしてくれるのか? とりあえず第二巻の発売はまだ遠い――。
という訳で、20年近くの時を経て改訂・改版された『戦闘妖精・雪風〈改〉』を買ってみました。
一読して思ったことは、「字が大きくてなんて読みやすいんだ」ということ。
Web上で文章を読むことに慣れてしまうと、というかOperaでのWeb表示に慣れてしまうと、たとえ元のデザインが超絶背景色に極小フォントサイズ&行間ピッチギチギチ攻撃であろうと、即座に外道照身霊波スタイルシートで自分好みの地味でスタンダードな表示に切り換えられるので、もはや小さい字のまま我慢して読む、なんてことはカラダが受け付けなくなっているのですね。
#そーか、最近文章だけの本を読まなくなった原因はソレか。
旧版は買ってから何回も読み直してましたが、たまにネタのウラ取りとかで読んだりすると、当時はよくもまぁこんな小さな文字を追っていられたものだ、これじゃ目も悪くなると、あらためて驚きます。もっとも紙の酸化が進み茶色になりつつあるということも読みにくくなった一因なのですが。
内容に関しては、細かなセリフ回しの部分が微妙に異なっているだけでなく、旧版では十三機揃っていたハズの新戦闘機FRX00が続篇『グッドラック 戦闘妖精・雪風』とのつながりで試作一機だけになっていたりする辺り、やはり作者も気にしていたのでしょう。これなら正続両方を続けて読んでも違和感を感じることはなさそうです。
それから何げにひとこと変更されただけなのに、もしかしたらのちに大きなことにつながりそうなのが、日本海軍の空母アドミラル56(愛称は“イソロクゲンスイ”か?)上でブッカー少佐と邂逅したジャーナリスト、リン・ジャクスンが『持ってくれば良かった』と思った取材道具の『ハンディワーカム』。
ワーカム? ワープロでなくて?
旧版ではこの部分、当然『ハンディワープロ』だったのですが、“ワーカム”とは一体何か? googleで調べたら、同じ作者の星雲賞受賞作品『言壺』に登場した万能文章支援マシンのことでした。
『僕は姉から生まれた』と入力しようとするのを『あり得ないことです』として頑なに入力を拒絶するという、マシン様なようです。
関連情報としてヒットしたサイトの紹介文とか感想文を読むと、なんか今後『戦闘妖精・雪風』の舞台が地球に移ってもおかしくなさそうな、ジャムや雪風のような戦闘知性体との親和性の高そうなガジェットに思えました。
読んでみようかしら。>『言壺』
それにしても、いつのまにか文庫本って高くなりましたねー。四〇〇ページを超えるとはいえ、700円ですもん。
#『Newtype』に載ってた『雪風』キャラデザインに関しては、またいずれ。
小説『戦闘妖精・雪風』が今年OVAになるそうです。
この『戦闘妖精・雪風』、特徴のひとつに“具体的な描写や説明がほとんどない”ことが挙げられます。
主人公の深井零中尉は懲役代わりの軍務としてフェアリイ星に送られてから六年以上経つということは解りますが、では年はいくつか? 人類がジャムと初めて交戦した三十年前にはまだ生まれていなかったということなので、それよりは若いということは解りますが、なら身長は? 体型は? 髪形は? それらが劇中で語られることはありませんでした。
勿論主人公がそういう有り様ですから、上官で親友のブッカー少佐もその絶対に東洋系ではない名前以外、年齢も皮膚や髪の色一切が不明です。
それはあたかもWebページをなすHTMLというものが、タグを使って文章の構造化や意味付けは行うが、その見てくれやレイアウト情報に関してはほとんど規定せず、見る者の環境によっていくらでも任意に変えられることと似ているように思えます。
で、そういった“見てくれにはこだわらない”原作に、アニメという“任意のスタイルシート”を与える作業は、元になるものがないだけに困難でもあり、また好きなようにできるということでもありますが、もう十五年以上も読まれ続けてきただけに固定ファンも多いこの作品、正直言ってどんなデザインにしても不満や苦情が出ることは免れないでしょう。とはいえこれだけはカンベンしてねってことで、『こんな戦闘妖精・雪風はイヤだ』ネタ。
今年の夏発売の予定らしいですが、さていくつ該当するか?
2002/四月にハヤカワ文庫から、加筆訂正と改版その他が施された『戦闘妖精・雪風〈改〉』が発売される模様。(2002-04-08追記)